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重力波観測に匹敵、超精密キログラム定義改定の舞台裏

「物理法則」による新定義とは?後編

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限りなく不可能に近い技術

新しいキログラムの定義改定は容易なことではなかった。

産業総合科学技術研究所(産総研)でのセンター長をつとめるのが、『新しい1キログラムの測り方』(ブルーバックス)の著者、臼田孝さんだが、同センターのの首席研究員、藤井賢一さんはこう語っている。

「キログラムの定義改定は夢の技術と言われていました。つまり、不可能に近いということです。重力波の観測に匹敵するほど困難な取り組みでした」

【写真】計量標準総合センターのメンバー
  産総研の計量標準総合センターはキログラムの新定義に大きな貢献をした。左から、藤井賢一さん(工学計測標準研究部門首席研究員)、金子晋久さん(物理計測標準研究部門首席研究員)、臼田孝さん(総合センター長・国際度量衡委員)、高津章子さん(物質計測標準研究部門研究部門長)、山田善郎さん(物理計測標準研究部門首席研究員) 写真提供:産総研

各国の研究機関が協力し成果を得るまでには、じつに30年を要した。

アメリカ、カナダ、ドイツ、そして日本の貢献が大きかった一方、中国や韓国も取り組んだにもかかわらず有意な値が出せなかったのは、中韓ともこの取り組みを始めてまだおよそ10年、技術蓄積がなかったからという。研究歴約20年のスイスですら、有意な値を出せなかったのだ。

炭素12グラム中の原子の数を突き止めよ!

では、それはどんな「仕事」だったのか? 2019年5月20日から、国際単位系(SI)におけるキログラムの新定義は、以下になった。

プランク定数の値を正確に

6.62607015×10-34 ジュール・秒

と定めることによって設定される

この「プランク定数」と「アボガドロ定数」は相互関係にある。そのため「アボガドロ定数」が測定できれば、「プランク定数」は決定できる。そこで、「アボガドロ定数」の精密測定に全力を尽くそうと発足したのが「国際アボガドロプロジェクト」だ(発足は2004年)。

このプロジェクトには、次の8研究機関が参加した(藤井さんはコーディネーター役をつとめた)。

  • 産総研・計量標準総合センター(NMIJ)
  • 欧州委員会標準物質計測研究所(IRMM)
  • ドイツ物理工学研究所(PTB)
  • イタリア計量研究所(INRIM)
  • オーストラリア計量研究所(NMIA)
  • 国際度量衡局(BIPM)
  • 米国標準技術研究所(NIST)
  • 英国物理研究所(NPL)

難解な話はパスして言うと、およそ1kgのきわめて精度の高いシリコン球に含まれるシリコン原子の数を得るのがゴールだ。原子数がわかれば質量が出る。それが新しいキログラムの定義につながる。

教科書には、「アボガドロ定数とは、炭素12gの中にある炭素の原子数(=1モル)」とあり、その数はおよそ600000000000000000000000個(6000垓個)だ。

本来なら炭素で測るべきだが、純粋な炭素の結晶はダイヤモンドだ。1kg=5000カラットのダイヤモンドなど存在しないし、もし製造できても原子数を勘定するために必要な「真球」に研磨するなど絶対にできない。そこで、半導体産業での技術蓄積が大きいシリコンを使ったのである。