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70代でガンになった私が直面した、100歳超の母「介護の現実」

そして、自らも老人ホームへ…
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「こんなときに卑怯だろう」私は神仏を呪った

「おかあさんが倒れられました」

静岡から東京へ向かう新幹線に乗車して30分後、ポケットの中の携帯電話が振動し、急いでデッキに出た私の耳に、緊張した声が飛び込んできました。

聞いた瞬間、いきなりうしろからどやされたように、しばらくはなにがなんだかわかりませんでした……。

 

さかのぼること数週間前、私は、3年間さぼっていた人間ドックを受け、膀胱と前立腺にガンが発見されました。前立腺のほうは薬で抑え、東京の病院で膀胱の手術を受けることになりました。

100歳を超えた老母と70歳を超えた老子(ロウコと読んでください)の2人暮し。私がまずやらなければならなかったことは、入院中、母をどこかに預かってもらうことでした。

母は100歳を迎えた年に心臓を患ってから急激に衰え、以来、私が一人で介護している状態にあったからです。

老人介護施設のショートステイに母を託し、私は夕方の新幹線に乗りました。1時間強で東京着、翌日には手術という段取りでした。

そこにあの電話です。途中下車して、トンボ返りで母が担ぎ込まれた病院に走りました。

母は集中治療室のベッドに横たわり、何条もの管に絡まれて、静まりかえっていました。それまで付き添っていた介護施設の職員から、脳梗塞らしいと告げられました。

医師からも、正式にその病名を告げられました。医師は容態の軽重を言おうとはしませんでしたが、態度からすぐに命にかかわるほどではないと、(少し希望的に)察しました。1週間は集中治療室だということでした。

そして、そこを追い出されました。

行く先に迷いましたが、一旦帰宅しました。

ソファに腰を下ろした途端に、それまではかろうじて立てていた背骨が抜けてしまいました。なにを考えることもできなくなっていました。

「こんなときに卑怯だろう」

私は神も仏も信じない者ですが、そんな泣き言を虚空に呟いていました。だれかの意地の悪いいたずらとしか思えなかったのです。

明け方、とにかく動かなければと、立ち上がりました。手術はあとがつかえていて、キャンセルすれば、1ヵ月半か2ヵ月、順番を繰り延べられてしまいます。術後の入院は1週間以内ということでした。私は唯一頼りにする、近所の方の郵便受けに手紙を置いて、始発の新幹線で、再び東京に向いました。

いま、思い出そうとして、手術後の苦痛や、予後のことが浮かんできません。点滴のスタンドを押して、1日に何度も電話室に行き、近所の方に母の容態を尋ねていた、その焦慮だけが甦ってきます。

1週間後、退院して母の枕元に行きました。母は左半身が不随、ボケの症状も出ていました。

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