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# 欧州経済

ブレグジットでユーロ圏に迫る「中国以上の経済危機リスク」

ドイツ、フランスでも景気減速が鮮明に

イギリス経済はどうなるか

巷で欧州経済に関する話題といえば、いよいよ期限が迫ってきた「Brexit(イギリスのEU離脱)」である。

多くのメディアは、Brexitによって「イギリス経済は将来にわたって窮地に陥る」との悲観論を展開している。報道等によれば、現時点において、多くの金融機関や製造業(日本の自動車メーカーである本田技研が代表例)などがイギリス国内の拠点を大幅縮小、ないしは閉鎖することを検討しているということだ。

筆者は、イギリス経済が80年代以来、久々の長期停滞に陥るか否かは、Brexit後のイギリス政府の外交・貿易政策次第であり、Brexit自体が直接的にイギリス経済の低迷をもたらすわけではないと考えている。

例えば、TPPに参加するなど、独自の外交・貿易政策を積極的に展開し、「EU離れ」路線を鮮明に打ち出すことで逆に活路を見いだすことができるのではないかと考えている。 

さらにいえば、イギリスには、先進的な経済政策を採用し長期停滞を克服した経験がある。サッチャー政権下での「規制緩和・民営化」、及び、ブレア政権下でのインフレ目標政策の導入などは、採用当時は強烈な批判を浴びたが、これらの政策によって、イギリス経済は戦後まもなくから80年代前半までの陰鬱な長期停滞を脱することができた。

一方でむしろ、「イギリス経済の復活」を阻害したのが、「EU中心国の一員」としての立場であったと考える。つまり、「統一通貨ユーロ発足」という撹乱的なユーフォリアによって、ユーロ圏周辺国同様の不動産バブルに巻き込まれ、リーマンショック後には不動産バブルの崩壊で苦しんだという経緯がある。

また、Brexitによって、ロンドンから金融機関が姿を消し、ニューヨークと並ぶ国際金融センターの地位が失われるとの見方もあるが(むしろ多数意見のような気がするが)、「シティ(ロンドンの金融街)」の銀行、運用機関、税理士、弁護士等の「ネットワークの集積」を考えると、短期間のうちにロンドンに取って代わる国際金融センターがユーロ圏内に登場するとも思えない。

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最近の金融機関によるロンドンの拠点縮小の動きは、どちらかというと、世界的な経済環境の変化の中、資産運用機会の縮小(世界的な金利低下や株価の変動性増大)にともなうリストラをBrexitに便乗して行おうとしているものではないかと考える。

多くの金融機関にとって欧州での最大拠点はロンドンだったので、ロンドンでの人員削減幅が大きいのはある意味当然ではなかろうか。

ユーロ圏に迫る危機

ところで、筆者が、「ユーロ圏のどこか(噂だと、フランクフルト、パリ、アムステルダム、ダブリンなどが出ているようだが)が、ロンドンに代わる国際金融センターになる」という、一見もっともらしい話に懐疑的な最大の理由は、これからユーロ圏は「日本型デフレ」に陥る可能性が高いと考えるからである。

「日本型デフレ」というのは、実体経済が減速感を強めていく中、政策当局(財政政策、及び金融政策)が景気減速を食い止めるどころか、それを促進させかねない政策を推し進めていくことでデフレに陥ることを指す。

特に、金融政策面では、米国では、景気の減速がまだ明らかになる前から、FRBが利上げ、及び資産圧縮の停止を決め、中国では、前中国人民銀行総裁が「日本の失われた10年に学ぶ必要がある」とデフレに警戒的なスタンスを強め始めるなど、主要国の政策当局関係者は、「日本のようなデフレに陥ってしまうとそこから抜け出すのは極めて困難である」ということが共通認識になっていると思っていた。

だが、ECB(欧州中央銀行)は例外であるようだ。

ECBは昨年末、ようやく量的緩和(QE)政策を停止し、いわゆる「テーパリング」の局面に入った。長期間かけて慎重に量的緩和の幅を段階的に縮小していき、ようやく停止にこぎつけた努力は評価に値するが、昨年末からユーロ圏の景気は加速度的に悪化しつつある。

しかも、景気減速は、かつて、債務危機に見舞われたギリシャ、ポルトガル、スペインといった周辺国ではなく、ドイツ、フランス等の中心国でより鮮明になっている。

 

本来であれば、ユーロ圏は、量的緩和の強化等の追加緩和策を講じる必要がある局面に入ったと判断すべきだと筆者は考えるが、ECBのスタンスは、「金融政策の正常化の次の段階である利上げは、(残念ながら)年内は見送る公算」というものであった(ちなみに、筆者はマイナス金利の深掘りは、背後にマネタリーベースの拡大がなければ有効に機能しないと考えるが、この点についてはまた機会をあらためて言及したい)。

もし、ユーロ圏がデフレに陥るとすれば、日本の後発ということになり、ある意味驚きだ。

また、80年代後半は、「東京を国際金融センターにする」と意気込んでいた日本だが、デフレの進行とともに、国際金融センターどころか、株価の低迷ですっかり存在感を失ってしまった(欧米では、ベテランの日本株担当のファンドマネージャーの多くが日本経済の失速によって職を失ってしまったという話をよく聞いた)。

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