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プーチン大統領の巧妙で恐ろしい「愛国主義政策」ここまで進んでいた

教科書やテレビへの介入は当たり前
近年、ロシアに強権的な印象を持っている人は多いだろう。実際、同国ではプーチン大統領による「愛国主義政策」が進んでいる。教科書に介入し、「愛国主義テレビ局」を作らせ、国防省に少年少女を組織させる…その恐ろしいまでの徹底ぶりと政策の背景について、『』の著書があるロシア研究者の西山美久氏が解説する。

現在、日露間で北方領土の帰属をめぐる平和条約締結交渉が行われている。2019年1月22日には、安倍首相とプーチン大統領が25回目となる首脳会談をモスクワで行い、交渉を加速化させることで一致した。

表面上は穏やかな話し合いに見えるかもしれないが、ロシア側は強硬姿勢を崩していない。ラヴロフ外相は「(北方四島は)第二次世界大戦の結果としてロシア領になった」のであり「この結果を受入れよ」と日本側に強く迫っている。同外相はこの種の発言を繰り返し、大戦の結果を受け入れることが交渉を進める前提条件だと述べている。

実は、日本ではあまり論じられることがないが、ロシア側が示す強硬姿勢の背景には同国の国内的な事情が隠されている。いったいそこには何があるのか。こうしたロシアの姿勢、そして今後の動向を理解するため、時間の幅を少し広くとって考えてみたい。

「多民族国家」ロシアをまとめるための愛国主義

端的に言えば、それはロシアの権力者と国民双方で高まる愛国主義に他ならない。そしてその中心にいるのが、ほかならぬプーチン大統領である。プーチン大統領は様々な場面で愛国主義の重要性を指摘し、それに基づき国内の統一に努めている。

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なぜ、プーチンは愛国主義を重視するのか。それは、ロシアが多民族国家であることと関係している。国家統計局のデータによれば、ロシアには、ロシア人以外にも、タタール人、サハ人、ブリヤート人、チェチェン人など180以上の民族が居住している。民族は異なるものの、彼らはロシア国籍を有する「ロシア国民」である。

1991年のソ連崩壊により、諸民族を曲がりなりにもまとめ上げる強力なよすがだった共産主義やマルクス・レーニン主義の正当性が失われ、それ以降のロシアは新たな精神的紐帯の構築に迫られてきた。

また、課題となったのは民族問題だけではない。アメリカと並ぶ超大国ソ連が崩壊したことで、その中核としてのロシア人は自らの歴史を振り返り「ロシアとは何か」を問わざるを得なかった。つまり、ロシアをまとめていく理念が求められたのである。

ソ連崩壊直後のエリツィン政権は、国民統合を促す新たな理念を模索するも、山積する内外問題の処理に追われ、具体的政策を策定することはなかった。

 

様々な民族を包摂し、国民統合という難問に本格的に取り組んだのは、ウラジーミル・プーチンであった。プーチンは新たな統合理念として愛国主義に着目した。1999年末に発表した政策論文で以下のように語っている。

「われわれは民族の誇りや尊厳と結びついた愛国心を失い、偉業を成し遂げる能力を持つ国民としての自己を喪失しつつある」

愛国主義の中核要素は、第二次世界大戦の独ソ戦(1941〜1945年・ロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれている)での勝利である。各種世論調査によると、国民の大多数が大祖国戦争での勝利を歴史上偉大な出来事の一つと答えている。

大祖国戦争では、異なる民族が祖国のために一致団結して戦い、勝利を勝ち取った。だからこそ、世代を超えて、また民族に関わりなく大多数の国民がその戦勝を誇りとしている。そこでプーチンは、民族間で共有された勝利の記憶を積極的に利用し、国民統合を推し進めることにした。その手法は強権的でありつつも巧妙だ。以下、具体的な政策を見ていこう。