田原総一朗が派遣型風俗店について、聞きたいこと全部聞いた

高齢者の性を巡る旅⑦

ジャーナリスト・田原総一朗が「性の現在」を巡る本企画。今回はデリバリーヘルスと風俗店の今について、聞きたいことを全部聞いた――。

デリヘル経営の「裏側」

日本のいくつもの都市で、デリバリー・ヘルスを経営してきたという斎藤明典氏に、都内のホテルで話を聞くことができた。斎藤氏は、2009年、40歳のときにこのビジネスを始めたのだという。現在までの10年間に、このビジネスを大きく育て上げたわけだ。きわめて真面目そうで、地味な背広に、地味なネクタイを締めていて、堅いビジネスの経営者のようである。話を聞いて、ますますその思いを強くした。

そこで、まず、「そもそもこういうビジネスにかかわったきっかけは、どういうことなのか」と問うた。

「実は、私はそれまで古本屋さんをやっていたのです。池袋にお店があって、女性のスタッフが8人いたのですが、だんだん意思疎通がうまくいかなくなりまして、若い女性たちなのですが、『もう斎藤さんには付いていけない』と言われたのです。そこで、私は辞表を出さざるを得なかったのですよ」

――ということは、斎藤さんは、最初は社員としてお勤めになっていたのですか?

「そうです。私は社員で15年間やってきたのです。それで、2009年の3月に辞めたのですが、リーマンショックの後で、仕事がまったく見つかりませんでした。しかも40歳ですからね。それで困り切っていたときに、風俗業界のスタッフ募集がありまして、それがデリバリーヘルスの五反田のお店だったのですよ」

――そのときは、デリバリー・ヘルスがどういう業界で、どんなことをやるのか、あまりご存知ではなかった?

「まったく知りませんでした。まあ、遊んだことはありましたけどね(笑)」

――それでは、そのお店にどういうかたちで雇われたのですか?

「即正社員扱いで初任給が28万円と、けっこういいんですが、はっきり言って使い捨てで使えなかったらすぐ辞めさせる、そういう例が多いのですよ」

――それで、斎藤さんは具体的にどんな仕事をするのですか?

「まずはホームページの更新です。ここは無店舗型のデリバリーヘルスで、唯一の営業ツールはインターネットなのですよ。だからいかにホームページを更新して、新しい情報を流すとか、新人さんが入りましたとか、人気の女性が今日出勤しますとか、お客さんの興味を引くような情報をひたすら流すのですよ」

――その五反田のお店と契約している女性は何人くらいいたのですか?

「50~60人でした。出勤できる女性たちは、マンションの部屋で待機しているわけです」

――お客さんは、どういうふうに申し込むのですか?

「ホームページにお店の電話番号が書いてありますから、そこに掛けていただいて、どういうタイプがお好みですかとうかがい、女性を決めていただく。そして決めていただいたら、料金をちゃんと説明して、ホテルを決めていただく。そして女性をお送りする。60分8000円でした」

――安いですね。普通は2倍くらいするのではないですか?

「だいたい当時は1万5000円ぐらいで、都内で、はじめて1万円を切ったお店です。安さが売り物でした」

――お店のスタッフは何人ですか?

「私を含めて3人でした。私が3人目で、その上に社長がいて、ぜんぶ男性でした」

――五反田のお店では、電話は1日に何本くらい掛かってきたのですか?

「1日の客数が40人くらい。電話の数はその3倍くらいですね」

――お客さんが、最初に電話をかけてきて、具体的にどういう話をするのですか?

「そういう話は、私が池袋の『おかあさん』というお店に移ってからのほうが記憶に残っています。実は五反田の店には3カ月しかいなくて、『池袋の「おかあさん」の店長が辞めた。潰れそうだ、斎藤君行ってやれよ』と何人にも言われましてね。『おかあさん』は40代以上の熟女の店で、斎藤君は熟女好きだから、ということで……。確かに私は熟女が好きなのですよ」

――わかりました。それで池袋の「おかあさん」に移ってから店長になられた。さあ、そこでお客さんから電話が掛かると、どんな話をするのですか?

「2009年から働いたのですが、当時は、おそらく風俗店を使ったことがなく、対人恐怖症的なお客様が多くて、だから30分とか、長いときは1時間もひたすら電話で話しました。それでも決まらないことも少なくなかった」

――何を話していいのか、お客さんの方がわからないわけですね?

「そうです。『どんな女性がいますか』から始まって、『あそこの毛の濃い子はいますか』とか、『おっぱいが垂れた子がいいです』とか、ひたすら聞くのですが決まらない」

――いつまでも決まらない?

「そうです。決まらないのです。中にはスパッと決められる方もいますけど。その頃は、『おかあさん』は暇だったので、延々と付き合っていたのです」

――その頃は「おかあさん」には、女性は何人ぐらいいたのですか?

「当時15人くらいでした。非常に少なかった」

――そして、みんな40代ですね。

「40代、50代、60代です。15人いても、出勤する女性は1日5人くらいなのです」

――出勤するとは、どういうことですか?

「マンションの中に事務所があって、その上に部屋を借りて、そこに待機しているわけです」

――その頃、1日どれくらい電話があったんですか?

「すごく暇でした。総着信数が10件ぐらいで、入客3人とか5人。だから潰れる寸前だったのですよ」