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独白!監督4年で3度の日本一 工藤公康が語る苦悩と真実

「正しさ」より「幸せにする言葉」を
就任4年で、福岡ソフトバンクホークスを3度日本一に導いた工藤公康監督。しかし、2019年シーズンに臨む今、「自分自身が変わらなければ」と語ります。チームを強くするために、チームが勝ち続けるために、監督である自身の「自己改革」が必要なのだと。なぜなのか。また、何をしようとしているのか。球春到来を記念して、監督就任後初の著書で綴られたその「想い」を特別公開します!

開幕になると思い出すこと

新しいシーズンが開幕します。

この時期になると私の脳裏に浮かぶのが、1999年、福岡でプレーをして5年目のシーズンの記憶です。FA(フリーエージェント)で福岡ダイエーホークスに移り、王貞治監督のもと、悲願のリーグ初優勝、日本一になることができました。

移籍の際、ダイエー球団専務だった、故・根本陸夫さんに声をかけていただき、中日ドラゴンズかダイエーのどちらかで迷いに迷って、ダイエー入りを決断した瞬間をいまでもありありと思い出します。

当時、私は、王監督のもと、強いチームをつくるためにはどうすればいいのかと日々考え、悩んでいました。

 

その頃のダイエーには厳しさも、辛さもない。春季キャンプを終えシーズンに入って、試合に負けても、誰一人悔しがる選手もいない。

「このチームを変えるためにはどうしたらいいか。自分がやれることは何なのか」

たとえみんなに嫌われても、という思いでした。他の選手たちには、ずいぶんと厳しくあたっていたと思います。

理解者だった、いまは亡き戦友

同期で仲がよかった故・藤井将雄は、そんな私の思いを理解してくれて、私が怒った選手たちに後からフォローを入れてくれていました。

「工藤さんは、決しておまえたちのことが嫌いだから言っているんじゃない。おまえたちのためによかれと思って言っているんだ!」と。

それを聞いたときには、涙が出るほど嬉しかったことをいまでも覚えています。

その後、藤井は病魔に倒れました。

野球に対しての情熱と、大好きな野球をやりたくてもできなかった彼の無念。そんな藤井を知る私は、現役の選手たちが1年でも1日でも長く、プロの世界で野球をしてほしいと願ってやみません。

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