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ブレクジットの背後でうごめく「帝国2.0」という奇妙な思想

「アングロスフィア」を夢想する人々

「ブリティッシュ・ワールド」への郷愁

現在、世界中の視線がイギリスに注がれている。同国のEUからの脱退、すなわちブレクジットをめぐる政局が混迷をきわめているためだ。昨日(3月12日)には修正離脱案をめぐる採決が下院で行われ、今後の脱退過程へのその帰結が注目されるところである。

最終的にどのような形での離脱へ至るのか。単一市場をはじめとした、EUのほとんどの規則から離脱するのか(ハード・ブレクジット)、あるいはより穏健でソフトな路線を歩むのか。EU側との条件が折り合わないまま、「合意なき離脱」へ盲進してしまうのか。脱退後、イギリスの政治、経済、文化面における国際的影響力はどのように変容するのか……。

ここでは、少し視点をずらして、ブレクジットの背景でうごめく奇妙で滑稽で不気味な、しかし歴史的にはきわめて淵源の深い、ある一かたまりの「世界構想」を紹介してみよう。それは、20世紀の末以来イギリス保守党系の政治家や知識人、政策アドヴァザーの一部にくすぶり続けている「CANZUK(カンザック)」や「アングロスフィア」(Anglosphere)と呼ばれる構想や言説である。

これらは多くの場合レトリックとして、しかしときにポスト・ブレクジットを睨んだ真剣な世界ヴィジョンとして、近年保守党系論者の一角で力強く唱えられている。

そうした構想の最大公約数的な特徴は、カナダやオーストラリア、ニュージーランドといった世界に散らばる英語圏諸国——すなわち、かつてのイギリスの「移住植民地」(settler colony)、あるいは「ドミニオン」(Dominion・イギリス帝国内の自治植民地を指す)と呼ばれた国々——との一層緊密な統合を訴えることだ。

ヨーロッパ大陸との結びつきを振り払い、言語を共有し海によってつながる「同胞」との強い絆を取り戻そう、という動きである。

イギリス本国と移住植民地は、政治・経済・文化的に、かつての「ブリティッシュ・ワールド」やさらに大英帝国全体の中心に位置する領域であった。そのことを考慮すれば、CANZUKやアングロスフィア構想は、ブリティッシュ・ワールドを再び実体化させようとする思想と言えるかもしれない。

裏返せば、「ブリティッシュネス」という日の沈まない大英帝国の主要な遺産にしがみつこうとするノスタルジアを強く感じさせる言説でもある。

19世紀に作成されたイギリス植民地を示す地図〔PHOTO〕Gettyimages

大洋を越えて散らばる「同胞」との強い結びつきによってこそ、欧州の一部として衰退していくイギリスを救済することができる——アングロスフィアを唱える者たちの言葉からはそうした空想が滲んでいる。

一方で、このような動向を懐疑的に捉える論者からは、やはりかつての大英帝国を彷彿とさせることから、「帝国2.0」として強い批判を浴びている。

 

ボリス・ジョンソンも加担者の一人

では、実際にどのような言論活動が行われているか。

2016年6月に行われたEUからの脱退をめぐる国民投票の約3か月後、イギリスの日刊紙『デイリー・テレグラフ』に“CANZUK: after Brexit, Canada, Australia, New Zealand and Britain can unite as a pillar of Western civilization”(「カンザック——ブレグジット後、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドとイギリスは西洋文明の一つの柱石として統合する」)と題する論説が掲載された(2016年9月13日付)。

著者はアンドリュー・ロバーツ(Andrew Roberts)。保守党を支持するイギリス人歴史家であり、ウィンストン・チャーチルの手による歴史書『英語諸国民の歴史』(1956-58年)を継承し、2006年に『英語諸国民の1900年以降の歴史』を出版した人物である。

また、イラク戦争後に刊行された同書によってアメリカ・イギリスの世界史的使命を鼓吹したことで、ブッシュ政権時のホワイト・ハウスで歓待された経緯を持ついわく付きの論客でもある。