掘越弘毅(1968年、欧州にて撮影。掘越敏明氏提供)

洗剤のサイズを10分の1にした男の「波瀾万丈な研究生活」がすごい

弟子が描く「コンパクト洗剤誕生奇譚」
ビール、ワイン、日本酒、納豆、チーズ……みな微生物の恩恵でできているものだ。だが、微生物が生産した「酵素」が活躍している場所は、もっともっと広い。

「洗剤」も「チューブ入りわさび」も、“ある男”の発見した酵素によって革新的な進化を遂げたのだ。その男──掘越弘毅の驚くべき「研究奇譚」をお届けする。

40代以上の方なら、「洗濯用洗剤」といえば、自転車の荷台にくくり付けて運ばなければいけないほど大きな代物だったことを覚えておられるだろう。

パーシルドイツ、ヘンケル社の洗剤「Persil(パーシル)」の宣伝ポスター。1955年撮影 Photo by Getty Images

その状況がガラリと変わったのは1980年代後半のことだ。「洗剤革命」が起こって、1回の使用量が10分の1になったコンパクト洗剤が発売されたのだ。

この「革命」を可能にし、さらに日本人のライフスタイルを変えていく発見を次々となし遂げたのが、日本を代表する微生物学者、掘越弘毅である。

修士課程の身で「Nature」に掲載!

1932年に埼玉県で生まれた掘越は、小学校1年生まで大阪で、その後、千葉県市川市や埼玉県熊谷市で過ごした。父親が島津製作所の技術者であったこともあり、掘越も10代でラジオを解体しては、また組み立てるということに夢中になっていたそうである。

終戦後、“食べることに事欠かない”と考えた掘越は、東京大学では農学部の農芸化学科に進んだ。そこでの恩師が、“日本酒研究の大家”でありアララギ派の詩人でもあった坂口謹一郎教授だった。

坂口謹一郎坂口謹一郎(1897-1994年)1967年撮影 Photo by Kodansha Photo Archives 

坂口研究室で掘越は、来る日も来る日もフラスコでコウジカビを培養しては、その香りをかぐ研究をしていた。この研究の意味はよくわからなかったようであるが、当時の大学教授から与えられたテーマは、絶対服従であったので従っていたそうである。

ここで、掘越にとって予想外の最初のラッキーな出来事(セレンディピティ〈=ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ること〉)が起きる。

ある日、大学院修士1年だった掘越が大学に来て、培養していたコウジカビのフラスコを覗くと、1本だけ他のフラスコと違ってカビが溶けてしまっていたのだ。

微生物を成育させた坂口フラスコ微生物を成育させた坂口フラスコ。左はコウジカビが生育して綿のようになっているが、右はバクテリアが生育して綿上のコウジカビが溶けてしまっている(Springer“Extremophiles Where It All Began”p25より)

研究室の仲間から「実験がへたくそだから雑菌がフラスコに入って溶けたのではないか」と馬鹿にされたそうであるが、若かりし日の掘越は、“そんなことはあるはずがない!”と自分の腕を信じて息巻いたそうである。

しかし、培養液を顕微鏡で覗いてみると、現実は仲間の指摘通りであった。コウジカビではない微生物が繁殖していたのだ。

普通の人ならここで、雑菌が混入したフラスコを捨てるところであるが、掘越はそうしなかった。研究室の先輩から“これはフレミングの2番煎じかもしれない”というアドバイスをもらい、なぜカビが溶けたのか、研究を進めることにしたのだ。

フレミングとは、世界最初の抗生物質として有名なペニシリンを発見した人物のことである。

1928年、細菌学者にして医師のフレミングは、夏休みの休暇から研究室に帰ったところ、微生物を生やしていた固形培地に空気中から青カビが混入していたことを発見する。そこから、彼はカビが細菌の増殖を阻害するメカニズムにたどりつく。

フレミングはこの偶然からペニシリンを発見し、人類を感染症から救ったのだ。

そして掘越も、フレミングのように偶然の発見を掘り下げていった。その結果、「カビの細胞壁を溶かしてしまう酵素」を生産する微生物について、世界で初めての報告を科学ジャーナルの雄、イギリスの「Nature」に投稿し、見事に掲載されたのである。

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