北海道胆振東部地震 Photo by Getty Images

「我、フォッサマグナを射抜かんとす」地質学会が大地震に遭遇したら

巨大地溝の「急所中の急所」に挑戦して
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ブラックアウトin札幌

2018年8月20日に『フォッサマグナ』(Lebaobabブルーバックス)を上梓した私は、その直後の9月4日、北海道は札幌市に向かっていた。北海道大学で開催される第125回日本地質学会に出席するためだった。

台風21号の影響で飛行機が飛ぶのか危ぶまれたが、とにかく羽田まで行ってみると何の問題もなく飛ぶことがわかって安堵した。同じ便には、やはり学会に出席する地質屋の仲間が何人も乗っていた。夜には無事に札幌に着き、翌5日朝、さっそく北大へ出かけて学会の準備にとりかかった。

その夜は懇親会に参加し、宿に戻ったのは日付が変わった6日の未明だった。以下は、その直後に起きたことと、その後の2日間に経験したことを後日書きとめたものである。
          

9月6日(木)
午前1時過ぎにホテルへ帰還。フロントのお嬢さんに「夜中は大変だね」と声をかけて部屋に戻り、すぐにベッドにもぐる。眠ったと思ったら、体が浮くような衝撃がきた。

どうやら地震だ。大きいなと思った。横揺れというよりは、周期の短い縦揺れのよう。震度は5くらいか。東京ではめったにない。すぐにテレビをつけると、震源はどうやら襟裳岬の方向のようであった。酔っぱらっていたせいもあるのだろうが、いま自分がどこにいるのか、わからなくなった。

そして、おそらくはほんの一瞬のことだったろうが、自分の人生がまるで走馬灯のように頭の中で回っている気がした。20年ほど前に高知で雨に濡れた石段を踏み外してひっくり返り、腰を強打したときに覚えたのと同じ感覚だった。

余震は続いていた。停電になったことをホテルの館内放送が伝えていたが、夜中とあって深刻には考えず、そのうち眠ってしまった。電気はすぐに復旧するだろうと思った。

朝6時に目が覚め、まだ暗かったので照明のスイッチをひねる。何も起こらない。ああ、まだ停電なのだと思った。テレビが見られないので状況がまったくわからない。ラジオもないのでまったくの陸の孤島。ラジオは持っていたほうがいいと思った。

私が北海道にいることを知っている『フォッサマグナ』担当編集者の山岸さんがスマホに電話をかけてきて、大地震で道内がすべて大変なことになっていると言う。部屋を出ると、エレベーターが止まっていた。非常階段を下りてロビーに行ってみると、すでにたくさんの人が食べるものを買うために並んでいた。米も温かい飲みものもなく、パンと水だけだった。キリスト教でいう「パンと葡萄酒」を思い出した。

8時過ぎ、交通機関はすべてストップしているので、とりあえず歩いて北大の大会本部へ行ってみる。正門横の立て看板には同時開催される「電気学会」「作物学会」の文字も見えた。皮肉にも、北電(北海道電力)の人もいたのだろう。本部からは午前中のプログラムは中止、ただしポスターセッションはやるというアナウンス。まだ事態の認識が甘かったのだ。

やがて午後のプログラムも、さらに巡検(いわゆるフィールドワーク)も難しかろうという話になる。火力発電所が停止したという情報が入ったからだ。

日も暮れて、しかたなく仲間の一人のホテルに集まることになり、真っ暗な道を大通公園へ歩く。懐中電灯を前日の懇親会の席に忘れてきたことに気づいた。なんたる体たらくか。

コンビニでは水はすでに売り切れていたが、ビールは大量にあったので買い込んだ。あとから合流した者がワインも買ってきていた。ブラックアウト(停電)した札幌の真っ暗な公園のベンチで、ビールとワインを皆で飲んだ。星がよく見えた。

ホテルに歩いて帰りつくと、非常灯を借りて、真っ暗な非常階段を7階まで昇って部屋に戻り、そのまま寝てしまう。かなり疲れていたのに午前2時頃に目が覚めたのは地震の“後遺症”か。

9月7日(金)

朝、やはり電気は来ていない。トイレにも不自由する。女性はなおのこと大変だろう。とりあえずロビーに下りてみると「朝食はありません」との貼り紙。向かいのローソンにはすでに行列ができていた。行ってみると開くのは8時だという。テレビが取材に来ていた。やっと開店したものの残っている食べものはカップ麵と酒のつまみの乾き物くらい。

まずしい朝食のあと、とりあえず札幌駅へ様子を見にいこうという話になる。どこかでスマホを充電しなければという切迫感もあった。みな電池切れで、家族にも連絡できずにいたのだ。途中、ゴミ処理場の電気がついていたのでコンセントを借用しようとするが、関係者にここはだめだと追い出されて駅へ向かう。

駅の喫煙所では、さまざまな情報が飛び交っていた。仲間の一人がコンセントを見つけたので、電気をお裾分けしてもらった。

ともかく早く帰ろうと、JALの営業所を探してフライトを変更しにいく。しかし、出てきた男性に用件を伝えると不機嫌そうに、変更はここではできないので電話かネットでやってくれとのこと。しかたなく駅へ戻り電話をかけるが、何度かけてもつながらない。

北大周辺で喫茶店が一つ開いていて、無線LANが使えるという情報が入った。すぐに向かい、JALのサイトへアクセスを試みる。だが自分のパスワードが思い出せない。何度もトライしているうちに8日の便はなくなってしまい、9日朝も逃し、ようやく午後の便がとれた。

ホテルへ戻り、重い荷物をまた7階の部屋まで運んでロビーに下りると、木村学(東京海洋大学特任教授)がいた。ブルーバックスに『図解・プレートテクトニクス入門』の著書(共著)もある彼は、なんと8月25日に『揺れ動く大地 プレートと北海道』(北海道新聞社)という本を出版したばかりで、そのなかで今回の地震を予測していた、と息巻いていた。ところがこの学会では札幌まで友人の車を借りて来ていて、電気が通るまでホテルの駐車場から出せないので帰るに帰れない、とぼやいている。

木村とそんな話をしているうちに、電気がついた。その場にいた大勢から拍手と歓声が巻き起こった。

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