芸能人の不倫バッシングが娯楽になる理由

日本人の脳に迫る⑬

著名人の不倫が立て続けにニュースになり、規模は違うけれどそのつど「不倫バッシング」が起こります。あたかも誰かの不倫が発覚するのを常に多くの人が望んでおり、ひとたび不倫が報じられればみなが待っていましたとばかりにその人物をバッシングする……。

肉食魚のいる水槽の中に肉片を落とすと一瞬でその周りに肉食魚が群がってきますが、ほとんど似た構図のようにさえ見えてきます。

 

不倫の是非はさておき、自分とまったく関係のない人をバッシングするのは悪いことではないのでしょうか? 

そもそも、あなたのごく身近に不倫を経験した人物が……いや、ほかならぬあなた自身も経験があるのでは? 

なぜ人は不倫するのでしょうか?

そして、なぜそれをバッシングすることが、エンターテインメント化してしまうのでしょうか?

激しくなる不倫バッシング

不倫という言葉に過剰に反応し、発覚した人物を積極的にバッシングしようとする人は「他人の不幸の上に自分の幸せを築く行為だから」「子どものことを考えるべき」「オレも(あるいは、私だって)、本当はパートナー以外の人との関係を持ちたいのにあいつだけいい思いをしてお咎めなしとは許せない」「社会の規範に反する行為を見逃すべきではない」と、それぞれの正義を盾に不倫バッシングを正当なものとして認識しています。

共通するのは、自分は正義の側にあり、悪いことをした人間を「ほかならぬ私が直々に懲らしめてやらなければ」という心に燃えている点です。

不倫は昔から芸能ニュースの「鉄板ネタ」ではありました。古くは沢田研二と田中裕子の略奪婚、松田聖子、津川雅彦……もう枚挙に暇がありません。伝統芸能の世界や政界もしかり。“隠し子”がいた歌舞伎役者や国会議員など、数え上げようとすれば両手どころでは足りません。

しかし、以前は現在ほど不倫に対して世間の目が厳しくなかった、という声が聞こえることもしばしばです。それではなぜ、不倫バッシングがこれほど猛烈になってきたのでしょうか。

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