筆写撮影

スクープ!あの脱北兵士が初めて明かす「亡命の真相と祖国の実状」

極秘来日時に、インタビューに答えた

あの亡命兵士の「その後」

昨年11月13日、一人の北朝鮮兵士が、板門店の南北境界線を突破して、韓国に亡命した。亡命を阻止しようとした朝鮮人民軍は、40発以上の銃撃を行い、うち5発が命中した。

当時の新聞(『毎日新聞』11月14日付)は、「北朝鮮兵 40発以上の銃弾 亡命阻止くっきり」というタイトルで、次のように報じている。

〈 南北軍事境界線上にある板門店(パンムンジョム)で13日起きた北朝鮮軍兵士に対する銃撃事件について、韓国軍合同参謀本部幹部は14日、国会の国防委員会で、共同警備区域から韓国側に亡命した北朝鮮軍兵士は境界線付近まで車で乗り付けた後、徒歩で駆け込んできたと明らかにした。

その際、北朝鮮軍は40発以上の銃弾を浴びせたことも確認された。殺害してでも亡命を阻止する構えだったとみられる。

韓国軍によると、北朝鮮軍兵士1人が13日午後3時15分ごろ、板門店の北朝鮮側で小型四輪駆動車を走らせていたところ、境界線の北約10メートルでタイヤが側溝にはまり、兵士は車から飛び出して韓国側に越境した。この動きに対し、北朝鮮側が追走して、銃撃した。

韓国軍は、境界線から南約50メートルの韓国側施設付近で、男性とみられる熱源を監視装置で確認。韓国軍の3人がほふく前進で近づき、落ち葉に隠れるように倒れていた男性を発見、救出した。兵士が着ていた軍服は士官ではない一般兵士のもので、武装はしていなかった。

兵士は約5ヵ所に銃弾を受けており、京畿道(キョンギド)水原(スウォン)市の病院に運ばれ、手術は13日午後11時ごろまで続けられた。臓器の損傷がひどく、肩や腹部、ももからAK自動小銃の銃弾5個が摘出されたものの数日後に再手術が必要な状況だ。聯合ニュースによると、手術を担当した医師は「引き続き容体は深刻だ。今後10日間ほど峠を越え続けなくてはならない」と語っている。

年齢や階級、亡命の動機など詳細は未確認とみられる。北朝鮮国営メディアは14日夕現在、今回の事件について伝えていない 〉

だがその後、この元朝鮮人民軍兵士の動向は、ほとんど伝わっていない。

実は先週、この元兵士――呉青成(オ・チョンソン)氏は、密かに来日していたのだった。私は昼食も挟んで3時間にわたって話を聞いた。

以下、呉氏との一問一答をお届けする。

〔PHOTO〕gettyimages

はじめて明かす「亡命の真相」

近藤: スパイ映画も顔負けの、あなたの命がけの「亡命劇」は、一年前に日本でも話題を呼びました。そんなあなたが、ひょっこり東京へっやって来て、喫茶店でクリームソーダを舐めている。人間の運命とは、数奇なものですね。

呉: ハハハ、そう思います。振り返れば、まさにちょうど一年前のことでした。亡命する前は、自分の運命がこれほど劇的に変わるとは、思いもよりませんでした。

近藤: そもそも、なぜ亡命したんですか? 亡命当初は空腹説、つまり部隊が、どうしようもない飢餓状態に見舞われて、裕福な韓国に逃げたという説も出ましたが。

呉: それは、まったくの誤報です。韓国メディアは誤報ばかり流す。だから私は韓国で記者会見をしていませんし、韓国メディアの取材に応じたこともありません。今回来日した時、初めてメディアと接触したのです。

近藤: それは光栄です。それでは、亡命の真相から教えてください。

 

呉: 本当に偶然の出来事だったんです。その日、同僚とたまたま酒を飲んで、口論をした。そうしたら銃を発砲する音が聞こえて、殺されると思って朝鮮人民軍のジープの運転席に飛び乗って逃げた。そのまま突っ走ったら、もう一本道で、いつのまにか韓国に渡るしかなくなっていたんです。

近藤: 韓国の報道(『毎日経済新聞』2018年1月24日付)によれば、友人である李という軍の運転手と、開城(ケソン)市内で北朝鮮の焼酎12本を空け、うち7本分をあなたが空けた。そしてあなたは「板門店を見学させてやろう」と李氏に言って、軍のジープに乗って板門店に向かった。途中で2、3回、衝突事故を起こし、人を殺し、施設も大きく破損。やむなく亡命した。

呉: その報道は、真っ赤なウソです。酒を飲んでいたのは事実ですが、そんなに多くは飲んでいない。

例えばその記事には、私が北朝鮮で、韓国ドラマの『トンイ』『ドリームハイ』などをUSBに入れてこっそり見ていたとも書かれています。しかし、北朝鮮の兵士が韓国ドラマなど見たら、死に値します。私は韓国に来るまで、韓国ドラマを見たことはありませんでした。韓国の歌は何度か聴いたことがありましたが。

近藤: なるほど。いずれにしても、ふとした弾みで、人生が大転換したわけですね。ところで呉さんは、板門店近くの古都・開城の出身ですか?

呉: そうです。父は、開城の部隊の少将でした。そのおかげで、私は1995年生まれなのですが、飢えに苦しむことなく育ちました。

近藤: 1995年と言えば、「苦難の行軍」の時期ですね。その前年に金日成主席が死去し、金正日総書記の時代を迎えたが、100万人以上が餓死したと言われる3年飢饉が、北朝鮮を襲った。だからその時代に生まれた北朝鮮の子供は、発育が悪かった。でも呉さんは、長身ですね。

呉: ええ、181㎝あります。北朝鮮では例外的なノッポですよ(笑)。

近藤: あなたの身長といい、お坊ちゃん風の物腰といい、地方都市とはいえ、特権階級に育ったことは想像がつきます。

呉: ありがとうございます。私は開城の外国語学院(高校)を卒業し、2010年に入隊しました。

公開処刑の実態

近藤: 北朝鮮の徴兵制というのは、どういうシステムになっているのですか?

呉: 男子は10年で、女子は6年です。男女とも17歳になったら、朝鮮人民軍に入隊します。男子は27歳まで、女子は23歳までです。

近藤: おそらく世界最長の徴兵制度でしょうね。そうすると、男子は27歳で除隊してから、大学に入学するわけですか?

呉: そうです。だから北朝鮮では、学生結婚が認められています。

近藤: 学生結婚する人は多いんですか?

呉: よく分かりません。私は大学へ行っていませんので。

近藤: 入隊後は、どういう部署で勤務したのですか?

呉: 平壌の衛視警務部に配属されました。3000人くらいの部隊です。

近藤: どういった仕事内容ですか?

呉: 軍人の監視や拘束などを行う部署です。規律違反の軍人がいないかをチェックするのが仕事でした。

近藤: いわゆる軍内部の特高警察ですね。それは軍内で恐れられたでしょう。

呉: ええ(笑)。

近藤: 規律違反を行っている軍人は、あらかじめ逮捕状を取って、その特定の軍人を拘束しに行くのですか?

呉: いえ、そうではなくて、いろんな軍の部隊を回り、規律違反を見つけ出すのです。

近藤: 捕まえる側というのは、どういう感情を持つものですか? 例えば、引っ捕らえられていく人を哀れんだりすることはありますか。

呉: それはないですね。感情というのは特になかったです。ただ淡々と仕事をこなしていただけでした。

近藤: 規律違反が見つかると、どうなるのですか? 拘束して強制収容所に入れられるのですか?

呉: それは違反の軽重によって異なります。

近藤: 処刑されることもありますか?

呉: もちろんです。公開処刑もありました。

近藤: 本当ですか? 実際に公開処刑の現場を目撃したのですか?

呉: ええ。

近藤: 具体的に教えてください。

呉: 公開処刑は、平壌の軍の敷地内で行われていました。われわれ全員が集められ、処罰対象者が銃殺刑に処せられるのです。

近藤: どんな罪を犯すと、公開処刑になるのですか?

呉: それはよく知りません。「法を犯した」と聞かされるだけで、罪状は非公開なので。もしかしたら金正恩委員長の命令だったのかもしれません。

近藤: 公開処刑を見た人たちの反応はどうですか? あなた自身、涙を流したりすることはあったのですか?

呉: 涙なんか流したら、次は私の番になりますよ(笑)。内心は恐かったけど、別に表情には出しません。

近藤: 見学者たちは、どういう感情を持つものですか?

呉: それは分かりません。われわれ同士で、そのような話題を口にすることはなかったですから。

近藤: 余計な話題を口にすると、捕まってしまうんですか?

呉: それもありますけど、まあ、北朝鮮の習慣ですね。軍部隊にいた時は、忠誠心からというより、命じられたことをやっていただけでした。ただ私の部隊では、拘束された兵士はいませんでした。