2014年ソチ五輪の代表候補チームを決める国内トライアルに、本橋はスキップとして出場

「ロコ・ソラーレ」勝利は二の次。何でも言い合えるチームを創った

カーリング・銅メダリストの告白②
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今年の平昌五輪で銅メダルを獲得したロコ・ソラーレ。笑顔で天真爛漫にプレーし、負ければ人目を憚らず涙を流す。メンバーのまっすぐな姿が印象的だったが、それは本橋麻里がチーム結成時に抱いた「ある想い」に起因していた――彼女自身が、青森で得た原体験とコミュニケーションについて語る。

チーム青森で抱いた覚悟

最近、多くの場所で講演をする機会をいただき、本当にありがたいことです。そこでよく訊かれるのが「どうしてロコ・ソラーレを結成したの?」という質問です。

それを説明するには、少し時間を遡る必要があります。

私は10代で故郷の北見を離れチーム青森に加入し、2006年のトリノ五輪に連れていってもらいました。そこで4年後のバンクーバー五輪にも出場することができ、2大会連続で五輪のアイスを踏むことになります。

選手としていちばん伸びる時期に、青森のみなさんには本当にお世話になり、しっかりとステップアップさせてくれて、世界を見させてくれました。

また、カーリングのまちとしてのイメージを作った関係者の熱意に触れたことは私の財産ですし、当時の関係者のみなさんには今でも遠征やイベントで青森に行くと、当時と変わらないサポートをいただきます。

青森での6年間は私の誇れる経験です。第二の故郷があって私は本当に幸せだなと実感します。

その一方で、トリノ五輪は7位(4勝5敗)、バンクーバー五輪は8位(3勝5敗)という結果にもかかわらず、必要以上に騒がれてしまったという記憶も強いんです。

どちらの大会も、チーム青森の選手は全力で目の前の試合を勝ちに行っています。でも世界で、五輪の舞台で勝つには多くのものが足りなかったのは事実です。

帰国後に多くの方が「頑張ったね、お疲れ様」「感動をありがとう」と声をかけてくれるのは本当にありがたいですが、戸惑いもそこには確かにありました。

アドヴィックス常呂カーリングホール
 

臆病になってしまった

チーム青森は基本的に、北海道をはじめ全国のチームに勝つこと、五輪出場への切符を獲得することを目的に選手が集められたチームです。五輪に出場しなかったら「4年に一度」の盛り上がりすらなくなってしまう。その危機感は選手にも関係者にもあったと思います。

そんな中でもチームビルディングは難しい部分がありました。勝っている時はいいのですが、例えば五輪のラウンドロビン(予選リーグ)で、負けが先行してしまったら、チーム内で何かを変えるためにお互いに声をかけあって、意見を出し合う必要がある。

もちろん、突っ込んだ話もするでしょうし、それによってぶつかることもあるかもしれない。

ただ、チームビルディング的には絶対に必要な時間だ、ということはみんな分かっていても、チーム状態が良くないという認識はあっても、「ここまで来て、今からチームの立て直しをするのはどうなんだろう……」と臆病になってしまった部分が大きかった。

カーリングだけでなくスポーツ全般、おそらく仕事やレジャーなども含め、強いグループを結成し、強化していくには、長い時間と密度の濃いコミュニケーションを要するはずなんです。

チーム青森というチームは、技術があって国内で勝てても、「4年に一度」を重視するあまり、その過程を飛ばしてしまったのかもしれません。

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