10月17日 日本人初の電報発信(1867年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1867年のこの日、オランダに留学中だった医師・伊東玄伯が、アムステルダムにいる友人の赤松大三郎に「明日お訪ねするからお待ちくだされ」という意味の電報を打ちました。これが、日本人によるはじめての電報とされています。

実用的な電報のシステムは、1832年にロシアの技術者パヴェル・シリン(Pavel Schilling、1786-1937年)によって発明され、日本には1869年に東京―横浜間ではじめて導入されました。

【写真】パヴェル・シリン
  パヴェル・シリン(1786-1937年) photo by gettyimages

電信機はシリンののち、ドイツの数学者、天文学者、物理学者であるヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス(Johann Carl Friedrich Gauss、1777-1855年)と、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・エドゥアルト・ヴェーバー(Wilhelm Eduard Weber、1804-1891年)によって改良をほどこされます。本格的な電信はガウス・ヴェーバー式電信機で行われるようになっています。

【写真】ガウス・ヴェーバー式電信機
  ドイツ・ニーダーザクセン州ゲッティンゲンのゲッティンゲン大学・地球物理学研究所に展示されたガウス・ヴェーバー式電信機 photo by gettyimages

電話が普及するまでは、緊急の用件を伝える手段として重宝された電報ですが、いまでは冠婚葬祭における祝電や弔電のほかで使用することは少なくなりました。

ここ最近では、全国どこでも当日に届き、花などのギフトも一緒に送れることから、珍しいプレゼントとして利用する人もいるそうです。もちろん海外にも送信することができますが、はたして火星までは届くのでしょうか?

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