写真:村田克己

発達障害当事者が、世間に「申し訳ない気持ち」を抱いてしまう理由

鈴木大介×姫野桂対談【前編】

昨今、「大人の発達障害」という言葉を耳にすることが増えた。発達障害とは、脳の発達に偏りがあるため、日常生活や仕事に支障をきたす障害だ。不注意や多動・衝動性のあるADHD、コミュニケーション法が独特だったり特定の物事にこだわりのあるASD、知的な問題はないのに簡単な読み書きや計算が困難なLDといった、主に3種類に分かれ、症状の程度は個人差がある。

生まれつきの脳の特性なので、厳密に言うと大人になってから発症したわけではなく、大人になって発達障害に気づいた、というパターンが多い。そんな発達障害の当事者を取材したイースト・プレス)をフリーライターの姫野桂氏が8月に上梓。検査を受けに行く体験レポも綴っている。

今回、発達障害の妻との絆を描いた(Lebaobab)が話題の鈴木大介氏との対談を実施。鈴木氏は41歳のとき脳梗塞で倒れ、高次脳機能障害を抱えた当事者だ。発達障害の生きづらさと高次脳機能障害の生きづらさ、どう違うのだろうか。前編・後編に分けてお送りする。

「人並みにならなければ」という思い

鈴木 姫野さんの本を読んで言いたいのは「姫野さん、本当に頑張りましたね、良い子でしたね」ということです。

姫野 ありがとうございます。でも、「頑張った」ってどういうことでしょう?

写真:村田克己

鈴木 僕自身も、子どもの頃から世の中の流行に一切興味が持てないとか、電車に乗るのが苦手だとか、特性に若干偏りはあったと思います。でも僕はずるい子で、苦手なことは一切挑戦せず、得意なことだけやっていました。だから、あまりつらい思いをすることなく、すんなりすり抜けてきた感じです。

でも、姫野さんは苦手なことにちゃんと真っ向からあたっていって、ちゃんと玉砕するんですよね(笑)。なんでこんなに頑張るんだろうなと、僕みたいなずるい人間は思ってしまう。

生きづらさ自体はあるけど、それをシューティングゲームのようにして避けていっている。でも、不定形(発達障害)の人はずっと被弾し続けている傾向にありますよね。

姫野 当事者取材をする中で、私もそれは感じました。私自身も苦手なことを人並みにできるようになろうとして、失敗しています。でも、たいていの人って、苦手なことをしないことで生きづらさを回避していると思うんですよ。

私は特にLDの特性が強くて2桁以上の暗算ができないのですが、算数ができる人への憧れが強いのと、人並みにならなければという思いから、会社員時代は経理や総務の仕事をしていました。つらかったですが、そもそも仕事はつらいものだと思って3年間務めました。

 

鈴木 都市伝説をきちんと守って3年。

姫野 長かったです。当事者取材でも仕事が続かず数ヵ月でやめてしまう人が多かったです。だから、3年も勤めたんだから私の生きづらさは言うほど重いものでもないのかなと思ったこともありました。

鈴木 不自由の重い軽いと生きづらさ、苦しさは比例しませんし、むしろ3年頑張ってしまったことでよっぽど苦しい思いをしたんじゃないでしょうか。姫野さんは結構根性論なところがありますよね。

姫野 そうですね。今思うと根性論でした。どれだけドMなんだというくらい耐えていました。

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