超越の棋士・羽生善治との7年間の対話で分かったこと

名勝負について、藤井聡太について

ノンフィクションライター・高川武将が、将棋界の孤高の天才・羽生善治を7年にわたって取材したを上梓した。

羽生への濃密なロングインタビュー「七番勝負」に加え、羽生と死闘を繰り広げて
きたライバル棋士たちの物語を収録した大著。

「諦めることも大事。突き詰めちゃいけないんです」「将棋に闘争心はいらない、と思っています」「人並みに欲はあります……のんびりしたいとか」

40代後半になったいまも、藤井聡太ら若手強豪の挑戦を受け続け、10月11日開幕の
第31期竜王戦七番勝負で前人未踏のタイトル100期に挑む。そんな「超越の棋士」の
肉声は、なぜか聞く者に芯からの癒しを与える――。話題の本書の冒頭部分を、特別公開する。

寝癖髪の絶対王者

それは、羽生善治が永世七冠という大偉業を達成するおよそ2ヵ月半前の、平穏な一日のことだった──。

平日午前中の出発ロビーは、行き交う人もまばらで、どこかのんびりとしていた。2017年9月22日、羽田空港南ウイング。1番の時計台の下で、私はその人を待っていた。

30分以上も早く着いてしまったので、全身のストレッチに集中してみる。それにも飽きてやることがなくなり、ソファに座ってぼうっとしてみる。ふと時計台を見上げると、針は約束の10時を指していた。場所を間違えたかなと、少し不安が過る。その人はいつも、約束の時刻より5分から10分前には必ず現れていたからだ。

九州ツアーの参加者に説明を終え、ソファで一息ついている添乗員の女性に、1番の時計台はここだけですか、と確認する。ええ、ここだけですよ、という返答とほぼ同時に、これもどこかのんびりとした口調の耳慣れた声が、背後から聞こえてきた。

「どうも、お久しぶりです」

振り返ると、小さなスーツケースを転がしながら、紺のスーツ姿の羽生善治が小走りに駆け寄ってきた。羽生はこの日、対局とそれに伴うイベントの仕事で、熊本に旅立つことになっていた。事前に近々のインタビューをお願いすると、「羽田空港でよければ少し時間を取れます」と、この日を提案してくれたのだ。

「先に荷物を預けさせてもらっていいですか」

羽生はそう断って、挨拶もそこそこに、数人しかいない荷物一時預かりの列に並んだ。その後ろ姿を見て、微笑ましく思った。10代からのトレードマークである頭髪の寝癖が、この日も健在だったからだ。

 

9月27日が誕生日の羽生は、あと5日で47歳になる。

15歳で史上3人目の中学生棋士としてプロデビューし、勝率8割超と勝ちまくった10代は「勝負の鬼」とも言われた。終盤での神がかり的な大逆転劇を何度も演じ、「羽生マジック」は彼の代名詞となった。19歳で初タイトルとなる竜王を獲得し、25歳で七大タイトルをすべて制覇するという前人未踏、空前絶後の偉業を成し遂げる。その後も毎年、複数のタイトルを獲り続け、32年の棋士人生で獲得した通算タイトルは、この時点で98期を数えていた。

タイトルを一つ獲ることさえ限られた人しかできない厳しい勝負の世界で、年間平均して三つ以上のタイトルを30年近くも持ち続けてきたのは、驚異としか言いようがない。六つのタイトルで永世称号の資格も得ていた。

通常、棋士は40代に入ると、記憶力や瞬発力の衰えと共に、棋力が落ちてくると言われている。しかも、この間、現代将棋は急速な進化を遂げ、情報全盛の時代になった。棋士たちは日夜膨大な研究を重ね、一日で結論が変わる最新形に精通していなければ勝負にならない。そんな激しい競争の中、40代に入っても、羽生は将棋界の絶対的な王者の座に君臨し続けている。

この時点で、1935局を数える対局の通算勝率は7割1分4厘(17年9月22日現在、以下同)。これは破格の数字である。将棋の世界は、通算勝率が6割を超えれば一流棋士といわれる。それだけでなく、若いほうが強いというのもまた常識とされている。

たとえば、対局数が200局以上で通算勝率の上位10人を見ると、羽生は7割3分の菅井竜也に次ぐ2位だが、他の9人は全員20代である。同様に対局数を400局以上で見ると、羽生は一躍、トップに躍り出る。2位の豊島将之も7割を超えている(7割4厘)が、対局数はまだ540局でしかなく、また羽生を除く9人の対局数は1000局に満たない。その中で、対局数がまもなく2000局に達する47歳の羽生は、ただ一人、7割1分を超えているのだ。

「羽生さんへの信用」という言葉を多くの棋士が口にする。他の棋士が指せば悪手と言える手でも、羽生が指せば、何かあるはずだと思わされる。わずか数手でがらりと局面を変えてきた羽生への畏怖が、驚異的な実績と共に「神」と呼ばれる所以でもある。

語り草となった名勝負

羽生が荷物を預け、私たちはロビーを歩き、エレベーターに乗り、近くのマーケットプレイスというビルの4階にあるカフェに向かう。

「いつも和服は宅配便で送っちゃうんですけど、今回はぎりぎりだったので持ってきたんです。たまに届かないなんてこともあるんですよ」

──それは困りますね。

「ええ。でも最近は、荷物が今どこにあるか、検索するとすぐわかりますからね」

──時代が変わりましたよね。日本人的な過剰サービスでもあるけど。

「そうそう。外国だったら再配達すらしないですもんね」

エレベーターに乗り合わせた高齢の女性が、ちらっと羽生を見て、傍らの夫と思しき男性に耳打ちする。

「ほら、あれよ、あれ、あれ、あの人……」

肝心な名前がなかなか出てこない。だが、羽生はまったく気にする風もなく、熊本で予定されているイベントの内容について説明してくれている。

4階に到着し、3軒並んでいるカフェの一番左端の店に入る。ここを選んだのは、早朝からやっている他の2軒とは違い、10時にオープンしたばかりだったからだ。話を聞くには、他の客は少ないほうがいい。

飛行場に面した窓際の席に向かい合って座る。窓外を見ると、これもまたのんびりした感じで、ジャンボジェット機がゆっくりと旋回している光景が広がっている。

若いウェイトレスが注文を取りに来る。ファミリーレストランにあるような大判のメニューを一緒に見た。

──さすがにビールというわけにはいかないですよね。

「そうですね。まあ、一応、これから仕事なので」

羽生と笑い合った後、私はホットコーヒーを頼んだ。しばしメニューに視線を落としていた羽生も、ひと呼吸置いて、あるものを注文する。それを聞いて、私は思わず微笑してしまった。

羽生が注文したのは、カプチーノだった。7年前の秋に初めてインタビューした際、彼が頼んだものと同じだったのだ。

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