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米中露「国益ファースト」の時代に、改めて問うべき「日本の国益」

進むべき道は「日米同盟+α」にあり
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世界中で「国益」が叫ばれ始めた

毎年開講するゼミで学生たちに「国益とは何か?」と質問する。外務省や防衛省や財務省など国益に関係する官庁を志望する彼らが戸惑い、答えに窮する。

しかし、政治やメディアの世界では、日々、「国益」の言葉が飛び交う。

これほど当たり前に使われ、わかったつもりになっている言葉でありながら、深い議論がなされてこなかったテーマを筆者は他に知らない。

 

今日、世界ではかつてなく「国益」が声高に叫ばれるようになった。トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」を連呼すれば、習近平国家主席は中国の「核心利益」は絶対に譲れないと言明する。

実は、アメリカが偉大であったのは、その強大なパワーを、自国の国益のみならず、同盟国や友好国の安全、そして、開かれた国際経済システムや法の支配に基づく国際秩序の擁護に使ってきたからだ。

そうした「国際益」や「世界益」を自国の国益であるとまで宣言した国はアメリカをおいて他にない。世界はそこに「偉大なアメリカ」を見た。

しかし、イラク戦争や世界金融危機でアメリカは疲弊し、傷ついた。その回復を託されたオバマ大統領は、「世界中で起きる間違いをすべて正すのはアメリカの手に余る」と述べ、アメリカが最早「世界の警察官」ではないことを認めた。

その後を継いだトランプ大統領は、従来の政策を「アメリカの産業や軍隊や国境や富を犠牲にして外国を助けてきた」と批判し、「アメリカ第一」に大きく舵を切ったのである。

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アメリカが後退した空白を埋めるかのように、中国が「大国外交」と「核心利益」を掲げて自己主張を強め、ロシアと共に、力による現状変更に動く。国家を超える共同体の拡大と深化という大実験を続けていた欧州でもナショナリズムや国家主権が復権している。

国益が最優先される時代、自由貿易や法の支配といったリベラルな国際秩序が悲鳴を上げている。

世界の激動の中で、国家を駆り立て始めた「国益」とは一体何なのか?

世界で「国益」が叫ばれる今こそ、「国益」とは何かを真剣に論じる必要がある。そんな問題意識を持って『日本の国益』を執筆した。

「国益」とは何か?

第1章で、「国益」の概念をわかり易く解説した。外交において留意すべきは、自国に国益があれば、他国にも国益があり、未成熟な国際社会にも「国際的な公益」があることを認識することである。さもなければ、国益は国家を排外的ナショナリズムや一国主義的行動に駆り立てる道具となってしまう。

自国の国益と他国の国益、あるいは、国際社会や人類の利益との関係をどう処理するか、どう両立を図るか、ウィン・ウィン関係は可能なのか、そうした問いに答えようとする営みこそが「開かれた国益」を追求する外交である。

しかし、それは容易ではない。政策決定プロセスにおいては、族議員や各種利益集団の声、メディアの商業主義、行政側の「忖度」が介入する。

加えて、私達は、今、民主主義モデルの信頼性が揺らぐ時代にいる。ポピュリズムや過剰なナショナリズムがリベラリズムへの反動となって欧米社会を席巻する。歴史の歯車が後転しているかのようだ。

第2章では、古代ギリシャのトゥキディデスの「戦史」から今日のトランプ大統領の「アメリカ第一」まで、国益の歴史的展開を振り返る。

そこでは、国益とパワーや道義の関係が国家の命運を左右し、歴史の流れを決してきた。国際政治学の父と言われるモーゲンソーは、国益をパワーによって規定した。これは時代を超えたリアリズムの要諦だ。

国益を語る指導者は、自国の絶対的・相対的なパワー(国力)を踏まえ、国益の優先順位を付け、限られた資源を戦略的に投入し、優先度の高い国益の確保に努めなければならない。また、安全や経済という利益と自由や正義という価値の緊張関係の中で国家としての選択を迫られた国家指導者も少なくない。

パワーや道義と向き合う時、彼らはどんな選択をしたのか、その結果歴史はどう動いたのか、そんな問題意識を持って第2章を読んでいただきたい。

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