「紀州のドンファン事件」あの家政婦が、銀座のホステスになっていた

一体なぜ…?

失踪説も流れていたが……

「あのね、私9月から銀座でお店のお手伝いをすることになったの。といってもカウンターとテーブル席がひとつあるだけの小さなお店だけど、昔なじみの女性がオーナーで、手伝ってって言われて……」

紀州のドン・ファンこと野崎幸助社長が亡くなってから、はや3カ月。いまだ犯人が捕まらない中、事件当初「疑惑の目」を寄せられたのは、一番最初に遺体を発見した、ドンファンの若妻の「さっちゃん」と、「家政婦のKさん」だった。事件後、さっちゃんとKさんは何度も警察の事情聴取を受け、明らかに疲弊していた。

 

ワイドショーなどでは「家政婦さん」と呼ばれていたKさんは、ドンファンと同じ和歌山県の出身。いまも地元には彼女の父親や親戚が暮らしている。彼女はなかなか波乱に満ちた人生を送っており、30年以上も前から水商売の世界で頭角を現して、六本木でクラブのママを務めていたこともあった。

野﨑社長とはその当時からの知り合いで、その縁から社長の業務を手伝ってきた。現在もKさんは社長の会社の取締役でもあるのだ。

彼女は6月2日に、東京の自宅の家宅捜索立ち合いのために白浜空港から羽田に飛んで以降、プッツリと姿を消してしまった。「Kさんが亡くなった」という話がどこからともなく流れたこともあった。

「ごめんね、連絡しなくて」

そんな彼女から突然電話があったのは、7月中旬のことだった。

「姿を消したほうがいいと周囲の方々から言われてね。アメリカに行っていたのよ。アナハイムでエンゼルスの試合を見に行ったの。大谷クンも見たわ。それからニューヨークでは5番街にも行っていたのよ。若い時はミュージカルに憧れていたから嬉しかった」

こちらは彼女が亡くなったと聞いてやきもきしていたのに、彼女はなんとも優雅な時間を過ごしていた、というのだ。

そのKさんと、久方ぶり会った。私はドンファンが亡くなって初めて迎えるお盆に、和歌山は田辺にあるドンファンの自宅を訪ねたのたが、そこに偶然Kさんも来ていたのだ。挨拶もそこそこに、彼女は銀座で「お店を手伝う」という仰天の計画を明かした。

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