京都市の資源ゴミ収集場。ゴミ回収は自治体が行うが、ゴミ収集場はその地域共同体が管理している場合も多い Photo by iStock

地方への移住者が苦悶する「ゴミが出せない」という大問題

地方創生の鍵となるはずだが…

東京・長野・福井と多拠点生活を送っているジャーナリストの佐々木俊尚氏。地方の生活を楽しみながらも、「住んでいる地域でゴミが捨てられない」という問題にも直面した。この問題は些細なことかもしれないが、人口減少が避けられない日本の地方創生を考える上で、大きな問題がはらんでいるという——。

 

20代の25%近くが「地方移住に興味アリ」

地方移住が盛り上がっている。政府のでは、三大都市圏に住む20代の若者の24.8%が、地方移住に関心があるという調査結果も明らかにされた。都市部は住民同士のつながりが薄く、頼れる人がいないからではと分析されて、「冷たい都市から温もりのある地方へ」という願望があるようだ。

この流れはとても良いことで、今後も加速してくだろうと思う。ただ一点だけ、気になることがある。それは「地方に住む」ということがどういうことなのかを、事前に認識していない人がけっこう多いということだ。平成の大合併で、小さな町村の多くが「市」に模様替えした。だから自治体の名前だけからは、そこがどんな土地なのかは判然としない。

そもそも地方というのは、一様ではない。人口数十万人の中核都市と、一万人ぐらいの一次産業中心の地域では、かなり雰囲気が異なる。前者はほとんど都会で、東京や大阪と違うのはクルマ社会であることぐらいだ。さらには限界集落まで行くと、生活でも共同体感覚でも仕事でも、あらゆることが違ってくる。慣れていないとかなりたいへんなことになる。

最近は地方移住の魅力を語る人やメディア記事などが増えてきているけれど、「美しい自然」「やさしい共同体」「大地に根ざした生き方」など良い面ばかりが描かれることが多い。一方で地方共同体の息苦しさが過剰なほどに描かれる記事もあり、かなり両極端だ。

農村の共同体を美化しすぎ?

地方移住に興味を持つ東京の20〜30代に聞くと、実家が東京や千葉、埼玉だったりする。戦後を振り返れば1960年代から70年代ぐらいにかけて農村から都市への人口移動が起きて、だからこの時代の映画やドラマにはやたらと「おっかさんが待ってる田舎に帰るのさ」みたいなラストシーンが多かった。しかしそれ以降に生まれた人たちは、すでに都市移動を果たした家庭で育っている。だから農村の共同体など経験しておらず、どうしても地方を美化されたイメージで見てしまう。

私は地方への回帰は今後も進むと思っているし、そのためには地方生活のリアリティをきちんと学ぶことも重要だと考えている。美化された田園イメージだけで地方に行ってしまうと、想像とのギャップに苦しんで失敗に終わってしまいかねないからだ。

そのリアリティの事例を、ひとつ挙げてみよう。それは「ゴミ出し」問題だ。

東京・長野・福井の多拠点生活

ここでちょっと私の経験談を紹介したい。私は東京・長野・福井の三か所の家を移動しながら暮らす「多拠点生活」を続けている。福井は県内で一度引っ越し、一年前からは若狭湾沿いの美浜町に家を借りている。美浜町役場が地元のNPO法人「ふるさと福井サポートセンター」と組んでクリエイターインレジデンス事業を興しており、制作・PR活動を行う人に対して住居を一定期間無料で提供するというものだ。わが家はその第1号として採用された。

美浜町は人口9千人で、漁業や農業など一次産業が中心の地域。私の住まいは築100年あまりの古民家で、もともとは民宿を経営していた一族が住んでいた。民宿がなくなり、おばあちゃんがひとり住まいを続けていたが、施設に移られて空き家となった。これを行政の予算でリノベーションし、居心地のいい素晴らしい住宅に変身した。わずか50メートルほど歩けば海水浴場で、目の前には美しい若狭の海が広がっている。

佐々木さんが住む、もともと民宿だった古民家。リノベーションして居心地よく、50メートル行けば海水浴場という最高の環境だ 写真提供/佐々木俊尚
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