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W杯善戦の日本代表が「日本人監督」に舵を切った舞台裏

外国人監督を呼ぶのは簡単じゃない
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7月26日、森保一氏(49才)のサッカー日本代表監督就任が発表された。森保氏は、2020年東京五輪サッカー代表監督との兼任になった。

「(日本人選手は)成功したい、試合に出たいという『自分が』という部分を持っています。その一方、お互いが尊重し合い、絆を大事に戦える。ロシア大会のチームを見ても、それを感じました」

森保監督はそう言って、日本らしい戦いを強調している。

ロシアW杯では、西野朗監督が急遽、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の後を引き受け、ベスト16に進出した。それは、日本人選手の自主性を引き出したことによる成功だった。日本人だけで戦える、という証明にもなった。

この大会が、「日本人監督路線に舵を切らせた」というのは一つの真実だ。

森保監督は「代表監督として適任の一人」だろう。2012〜17年途中まで指揮を執ったサンフレッチェ広島では、Jリーグを3度制覇。現役の日本人指導者で、その経歴は他の追随を許さない。サッカー関係者なら、納得する人事と言える。

しかし、「日本人監督路線に舵を切らざるを得なかった背景」も論じるべきかもしれない。

 

ハリル招聘の「立役者」

日本代表の組織をマネジメントする仕事(主に代表監督の選定、強化協力と評価)は、代表技術委員長が担っている。過去3人を見ると、霜田正浩氏、西野氏、関塚隆氏が従事。この流れを見るだけでも、「日本人監督路線に舵を切った理由」は明瞭に浮き出る。

霜田氏は、FC東京時代から強化スタッフとして活動している。語学堪能で、人脈は太く、世界中を飛び回り、監督、選手、代理人と互角以上の交渉を続けてきた。その経験を生かし、アルベルト・ザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ハリルホジッチという外国人監督を招聘。そして契約後、監督を陰から支えるサポート役も、隙がなかった。

2016年12月末まで、霜田氏は代表ダイレクターとしてハリルホジッチを補佐していた。それが本人の長年の「監督業」への思いもあって辞任(現在はJ2レノファ山口の監督として活躍)。

特筆すべきは、ハリルホジッチの迷走のスタートと、霜田氏の辞任のタイミングが符合している点だろう。

レノファ山口の監督を務める霜田氏(Photo by gettyimages)

後任の技術委員長となった西野氏、関塚氏は、監督畑の人物として一流である。とくに、その能力をロシアで示したばかりの西野氏は、いい意味での“殿様”というのか、「良きに計らえ」と泰然自若に振る舞える。生来的なリーダーとして懐が深く、選手の自主性を引き出せる。采配の妙や用兵術には議論の余地があったものの、監督としてのキャラクターは際立っていた。

しかし技術委員長はあくまで、人をサポートするのが仕事であり、契約に関わる実務ができなければならない。

「餅は餅屋」

そんなことわざがあるように、それぞれの専門的分野は確実にある。「名選手、必ずしも名監督にあらず」というのはスポーツ界に蔓延る真実だが、サッカー界でも、すべての仕事は少しずつ重なっているものの、決して同じではない。

専門的分野に通じるには、より低いカテゴリーのチームで経験を積む必要がある。いくら監督として優れた人物でも、日本代表の強化トップをいきなり務め、外国人監督を招聘できるはずはないのだ。

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