師範学校仲間の証言から紐解く、野間清治「人気の秘密」

大衆は神である(11)

上州の貧しい家から、東京帝大書記を経て、戦前日本を席巻するメディア・コングロマリット「大日本雄弁会Lebaobab」を生み出した男——野間清治。

その豪快なビジネスセンスと、鮮やかな立身出世を賞賛する文献は少なくない。しかし彼の生い立ちやほんとうの人柄は、これまであまり詳らかにされてこなかった。

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、日本の出版業界と近代社会の黎明の光と陰を追う、大河連載「大衆は神である」。

唱歌とオルガン

3年生になると、清治はいよいよ横着になった。起床ラッパが鳴り、点呼の時間になっても病気と称して出てこない。点呼に出てくるのは1週間に1、2回である。

出てきてもズボンのボタンがかかっていなかったり、ひどいときになると、ズボンを前に下げたまま手で押さえて出てきたりした。点呼が終わると、またベッドに潜りこんだ。

最終学年の4年には、清治は授業にもろくに出なくなった。「野間はどうして休んでおるか」と教師が出勤簿をつけながら生徒たちに訊いたらしい。しかし、それも初めのうちだけで、数ヵ月後には清治は授業にはもうめったに出ないものだという暗黙の了解が成立した。

 

最大の問題は音楽だった。小学校の正教員になるにはいちおう唱歌を歌えて、オルガンを弾けなければならない。ところが、清治は先天的なオンチだった。本人の回想である。

〈音楽は私がかくのごときことをしたら人間が婦女子になってしまう、男が女になってしまうという考えで、一年から四年までろくにやりませぬでした。やらないから落第させるよりほかしようがない。

けれども落第させるのは可哀想だからというので落第だけはさせないでお情けで上げてくださったのですが、これは先生よほどお困りのようでした。(略)そんな具合ですから偶々私に試験のときに歌わせようとすると妙ちきりんな歌をするものですから、皆が笑い出してしまって、私にやらせるわけにいかない。

オルガンを弾きはじめる、いい加減なことを弾くものだから皆笑い出す。先生も実に困って途中で止めさせてしまう。そんな具合で卒業しました〉

清治はあっさり卒業できたかのように語っているが、実際には、音楽担当の教師・内田粂太郎(うちだ・くめたろう)は清治にオルガンや唱歌の練習をさせようと躍起になっていた。100パーセントのオンチで、練習もしようとしない生徒に及第点をつけるわけにはいかない。

同級生(のちにLebaobab入り)の川村新次郎(かわむら・しんじろう)によると、彼が職員室の前を通りかかったとき、中から「川村君、川村君」と呼ぶ声がした。のぞいてみると、清治がいた。その向かい側に内田が座り、火箸で火鉢の灰をならしていた。

川村が入っていくと、清治が「川村君、ひとつ内田先生に謝ってくれ」という。

川村が「何だい?」と訊くと、清治はこう言った。

「先生が唱歌の点をくれないというので困っているところなんだ。僕は『(教師の)月給が二円ぐらい安くなってもいいから卒業だけはさせてもらえませんか』と頼んだけれども、どうしても点をくれないというから、君から頼んでくれ」

Пресс для пиццы и гамбургеров

binaryoptions21.com

www.kamod.net.ua