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「ベルギーには、ほぼ勝ってた」日本代表が次の4年でなすべきこと

準備の時間を「徒労」にしないために

「日本は “ほとんど” ベルギーに勝ってたな!」

7月10日、サンクトペテルブルク空港。筆者は深夜2時近くの搭乗予定を待っていた。近くのカウンターでは、アナウンスもなしに搭乗口を変えられたベルギー人サポーターの男性が、地団駄を踏みそうなほど憤慨していた。受付の女性に変更した搭乗口を聞いても「私は知らない。別で聞いて」とすげなく言われ、腹を立てたようだ。

ロシア人はボランティア精神こそ強いが、サービス精神は育まれておらず、何かあった際に「自分の責任」とされることを極端に嫌う。

「しっしっ」

追い払うような仕草をされた男性は渋々、モニターを確認するため通路を戻っていった。ベルギー人にとっては、なかなかの仕打ちだったろう。

その直前に行われた準決勝で、ベルギーはフランスと戦い、0–1とあえなく敗れた。エデン・アザール、ケビン・デブルイネを中心に攻め立てたが、嫌気がさすほどに守備を固めたフランスを崩しきれなかった。

 

「今日のフランスはサッカーを捨てていた。強くてタフな選手で守って、2、3人走らせるだけ。なんの面白みもなかった」

深夜便、通路側の席に座ったメキシコ人は吐き捨て、こう続けた。

「そういえば、日本は “ほとんど” ベルギーに勝っていたな。あのゲームはお互いが攻め合って、とてもいいゲームで、エキサイティングだったよ。今日のフランス戦なんかよりもずっとね」

メキシコ人は、スペイン語で ”casi, casi” と強調した。英語のalmostに近い。ほとんど勝った、と。

それはどこまでいっても負けたことを意味するわけだが、日本の健闘がそのように記憶されていることに、胸を張りたい気持ちになる。

浮き彫りになった課題

日本とベルギーの試合には、サッカーの魅力が濃密に詰まっていた。攻め合い、一方がリードし、するともう一方が押し返し、最後は寄り切った。結末は悲劇だったかもしれないが、余韻が残るエンディングだった。

「ベルギーはカウンターも速かったが、試合の終わらせ方が違うというか。そこに、サッカー大国との差があった。日本は、2–0とリードした時点で動きの質が落ちた。2–0のままきたい、と言う思いから足を止めてしまった」

ベルギー戦後、プレミアリーグでプレーするセンターバック、吉田麻也は悔しさをかみ殺すように言っている。

ベルギー戦について、日本国内では「試合をクローズする」ことのマネジメントがフォーカスされ、議論されている。その検証は必要だ。

しかし同時に、一点だけを語ると全体が見えなくなる。木を見て森を見ず。サッカーというスポーツでは、ディテールにこだわりすぎてもいけない。

「同点ゴールを決めたフェライニのような人材を育てる」

それは日本人の体格を考えれば効率が悪い。190cmで運動能力に優れた選手は少ない。トライはすべきでも、まずは「90分間をいかに戦うか」という視点で克明に掘り下げるべきだ。

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ボールプレーの質を上げ、奪われない。ポゼッションでゲームを落ち着かせる。相手ボールになったら、ハイプレスとリトリートを併用するが、とにかく自由にクロスをあげさせない。ゴール前での水際ディフェンスではなく、より手前で守る形を整える。その上で、中盤に強度と高さを与えられるボランチを必ず一人は連れていくべきだ…。

そんなことを考えていると、深夜3時半、飛行機はモスクワのドモジェドボ空港に着陸した。

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