福島第一原子力発電所。2016年撮影 Photo by Getty Images

3.11から7年。放出された放射性物質はどこに行ったのか?

放射能汚染の「その後」(前編)
2011年3月に発生した、東日本大震災とその後の福島原発事故。
それによって放出された放射性物質は、事故から7年以上が経過した今、どこに、どれだけあるのでしょうか。

日本科学未来館では、2018年3月10日に研究者を招いてシンポジウムを開きました。そこで研究者が語った内容のうち、大気や陸地、海洋に関する知見をまとめました。


シンポジウム登壇者:
中島映至(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター)
恩田裕一(筑波大学 アイソトープ環境動態研究センター)
山田正俊(弘前大学 被ばく医療総合研究所)
信濃卓郎(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)
※本稿は登壇者のプレゼンテーションをまとめたものです

8割が海に、2割が陸に飛散した

事故によってどれほどの放射性物質が放出され、その後どこにどれくらいの量が飛散して、今はどこにあるのか。これを解明するための研究は、事故直後から続けられてきました。

多くの研究者がさまざまな観測によりデータを取るとともに、時間的にも空間的にも限られた観測データを補完するため、コンピュータ上でモデル計算を重ねて、放射性物質の動きをとらえ、原発事故と汚染状況の全貌を解明しようとしています。

原発原発から放出された放射性物質の行き先と総量

2011年3月以降、原子炉建屋の水素爆発やベント作業により、炉内にあったさまざまな放射性物質が放出されました。

半減期が約30年と長く、最も考慮すべき放射性物質の1つであるセシウム137の量でみると、事故により15〜20PBq(ペタべクレル:「ペタ」は10の15乗)が大気中に放出されたと推定されています(Aoyamaほか,2016)。

大気中に出た放射性物質は、風に乗って遠くまで運ばれ、最終的にその大部分である12~15PBq(約8割)が海上へ、3~6PBq(約2割)が陸上へ降下したと推定されています。

原子炉から海への放射性物質のおもな漏洩経路には、大気経路の他に、もうひとつ汚染水として原発から直接漏洩するものがあり、その量は3.6±0.7PBqと見積もられています。

すなわち、原子炉から海へは、15〜18PBqもの放射性セシウムが放出されたと考えられています。

これはどのような大きさなのでしょうか?

 

そもそも核実験由来の放射性物質があった

原発事故前にも、海洋には放射性物質が存在していました。1950~1960年代に行われた大気圏内核実験由来のものです。

核実験の放射能北太平洋の人工放射能濃度の推移
(Aoyama and Hirose, 2004, HAM database and updateのデータをもとに日本科学未来館が作成)

表面水中のセシウム137の濃度は、1960年代をピークにして徐々に低くなってきていました。

そして福島原発事故の直前には、1m³あたり1~2Bqほどで、北太平洋全体では、約69PBqが存在していたと見積もられていました(Aoyamaほか,2016)。

そこにあらたに15~18PBq追加されたので、この事故によって北太平洋のセシウム137の総量は、22~27%増加したことになります。

では原発事故後、海洋に取り込まれた放射性物質の行方について見ていきましょう。

薄まりながら広がり、東へ流れた

海水表面の放射性物質の分布を知るためには、広域における調査が必要でした。そこで研究機関の観測船以外にも、貨物船などが協力し、2011年3月から2012年12月までに、440地点で観測が行われました。

放射性物質の観測北太平洋での観測地点(Aoyamaほか,2016)

まず、表面水中のセシウム134濃度を見てみます。

事故から3ヵ月ほどの間は、日本近海で比較的高い数値が観測されました。その後、10Bq/m³の濃度が観測された地点を追うと、事故後半年後に東経165度、さらに3ヵ月後になると東経170度……というように、徐々に東に移動していることがわかりました。

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