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米朝「電撃会談」の命運を握るCIAキーマンの正体

各国外交関係者も注目している

反響を呼んだ「CIAキーマン」の存在

前号「CIAまで北朝鮮『対話路線』に方針転換で日本が取り残される可能性」(現代ビジネス2月24日付:http://lebaobab.info/articles/-/54590)には、少なからぬ反響があった。

同業者からの問い合わせだけでなく、実は在京の某英語圏国大使館の政治担当公使からも「詳細を聞きたい」と連絡があった。

某英語圏国の特定はしないが、これまた現代ビジネス(1月20日付)で「朝鮮半島有事の際の韓国在住邦人を含む外国人救出作戦に関する秘密協議が米・日・英・加・豪・仏の6ヵ国で開かれた」と書いたことからも察していただけると思う。当該の米国CIA(中央情報局)と非英語圏国のフランスを除外した3ヵ国中の一つである。

 

彼らの関心事は、記事中に登場した<二十年余もCIAで東アジア・中国担当分析官を務めたインテリジェンスのプロであるデトラニ氏>であり、<5年ほど前、極秘裏に板門店の軍事境界線を越えて陸路でピョンヤン入りし、国防委員会の最高幹部と会談したことがあった>ことと、その際のチャネルをつかって<今回の米朝接触計画(幻に終わったペンス米副大統領と金与正労働党第1副部長会談)はCIA主導で米国側から北朝鮮に持ち込まれたのではないかと、筆者は疑っているのだ>と書いた件である。

[写真]CIAは対北朝鮮「対話路線」に転換した?(Photo by GettyImages)CIAは対北朝鮮「対話路線」に転換した?(Photo by GettyImages)

まず、ジョセフ・デトラニ氏自身に関する個人情報だが、元CIA職員であったことから公開情報は極端に少ない。生年月日すら不明である。

ワシントン情報も加味して分かっていることは、おおむね以下の通り。表の顔から言えば、昨年の4月上旬まで首都ワシントンにあるダニエル・モーガン国家安全保障大学院(DMGS)学長を務めていた。

日本では、ほとんど知る者がいない同大学院の説明から始める。

そもそも、ダニエル・モーガン(1736~1802)は、米国の独立戦争時、英国軍に果敢なゲリラ戦を挑んで勝利した陸軍准将として、その名前は歴史に刻まれている。退役後、故郷のバージニア州でビジネスマンになり大成功を収めた。

その名を冠するDMGSは安全保障修士号に特化した大学院であり、三つの修士課程コース、(1)国家安全保障(M.A. in National Security)、(2)インテリジェンス(M.A. in Intelligence)、(3)破壊・暴力(M.A. in Managing Disruption and Violence)を擁する。

デトラニ氏がDMGS学長に就任したのは2016年1月なので、僅か1年3ヵ月で退任したことになるが、部下のセクハラ事件の責任を取って辞任したとされる。

表舞台で言えば、同氏はブッシュ政権(子)時代の2003年~06年まで朝鮮半島和平担当大使、6ヵ国協議の米国首席代表を務めている。

また、2016年10月にはマレーシアの首都クアラルンプールでロバート・ガルーチ元北朝鮮核問題特使らと北朝鮮の韓成烈外務次官(当時)と非公式会談を行い、その直後に内外のメディアの取材に応じている。

 

ニューヨーク大学ロースクール卒業後、米空軍勤務を経て1974年にCIA入局(当時の長官はウィリアム・コルビー)、経済担当分析官を皮切りに、中国支局長、ウィリアム・ケイシー長官首席補佐官、欧州作戦部長、技術作戦部長、麻薬犯罪センター所長、東アジア作戦部長を歴任後、国家情報局(DNI)核不拡散センター所長など表舞台に登場するようになった。

デトラニ氏が裏舞台でどのような作戦、職務に従事していたかを推し量る上で重要なポイントがある。それは、DMGSの運営資金の過半をニューヨーク出身のシェルビー・デーヴィス(故人)という大富豪に負うという事実である。

[写真]投資家仲間と並ぶシェルビー・デービス氏(写真左、photo by GettyImages)投資家仲間と並ぶシェルビー・デービス氏(写真左、photo by GettyImages)
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