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あれだけの事故が起きてもなぜ日本は「原発輸出」を続けるのか

大震災から7年、私たちが直面する問題
東日本大震災から7年。南相馬の精神科医・堀有伸さんがいま考えていることを綴る。あの原発事故とは何だったのか? いま私たちが直面する問題とは?

前編はこちら:原発事故から7年、不都合な現実を認めない人々の「根深い病理」 http://lebaobab.info/articles/-/54498

震災後、非常に残念に感じること

東日本大震災後に被災地で計測された放射線量は高くない(もちろん、地域的には注意するべき場所は存在する)。

したがって、通常の生活を行う分には、深刻かつ直接的な放射線による健康被害が生じる可能性は、きわめて低いと考えざるをえない。

筆者もその意見に賛同しているが、このような主張を行った医療者・研究者への極端な反原発の立場からの罵倒や攻撃は、すさまじいものがあった。

しかし、ある程度物事に介入して活動を行った後で、その結果を科学的に評価し、その評価した内容を共有して次の行動を考えるというプロセスを共有できないのだとしたら、そのような人々と共同作業を行うことは大変に困難である。

同時に、震災後に非常に残念に感じていることがある。

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原発事故を経て、放射線の健康影響への世間の関心が高まったことは、不幸なことではあったが、科学的な思考が日本社会において影響力を強めるという望ましい影響もあるのではないかという期待を筆者は持っていた。

しかし、この点について現状は不十分であると考えざるをえない。自分が「安全」か「危険」かを判断する主体となる責任を引き受けることを避けたい心理も働いていたのだと思う。

代わりに起きたことは、「原発推進派」と「反原発派」の勢力争いの様子見であり、除染への関心と資源の集中であった。

 

被災地の人の中にも、放射線の被ばくについての科学的な議論への興味が乏しく、政府や東京電力に「とにかく元通りにしろ!」と迫るものが少なくなかった。

もちろん、その主張には正当な面が多く含まれている。しかし結果として起きたことは、2.5兆円とも、それ以上になるとも言われている除染費用の拡大である。

そして、その費用は中央政府から、大手ゼネコンを介して協力企業へと分配され、その末端で少なくない地元の人も除染作業に従事した。1940年体制は、この面では再強化された。

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